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真剣に生きるって?

ちょっと感傷的な気分の今日この頃、もう12年も前のことを思い出しました。

一昔前、一般的な基準でいえばちょっと変わった知人がいた。

その人は自転車で走ることが大好きで、毎日毎日、本当に毎日、山の中を駆け回っていた(シクロクロス)。

その楽しみのために、自分の時間が使える仕事を選び、「結婚なんてしたら、自転車に乗れなくなるだろう!」と、結婚はもちろん恋愛なんてもってのほか。「友人を作れば付き合いで時間がなくなる」と、あえて周りの人とも距離を置いていた。

「大好きな自転車に乗れないくらいなら、生きてる意味はないよなぁ」
彼の口からはよくそんな言葉が漏れてきたが、それは無理をしているわけでも、カッコつけているわけでもなく、素直な感情だった。

給料はほとんど全て自転車のため。自転車で着るものはイタリアに毎年オーダーで1年分まとめて注文し、汚れやすいハンドルのテープはこれもイタリア製の白いコットンと決めていた。

山中のひとつのカーブを曲がるとき、ちょっとしたペダルの力加減、わずかな重心の移動でコーナーを抜けるスピードが違ってくる。
肘を擦り、膝を痛めながらも、些細な発見や変化が大きな感動を生む毎日。

力強く坂を上り、風のように樹木の間をすり抜ける。
視界に入っては流れ去る景色は全てが自分だけのもの。

「好きなことをやるために生きるのが人生だろう? それが出来ないなら生きる価値はないよ」

普通に生活している人にはちょっと耳の痛いストレートな言葉も、彼の想いを素直に表現していた。

自転車に乗るために会社を選び、真面目に勤めては文字通り全てを自転車で走ることに費やした。

そんな彼にも30を過ぎ、40が過ぎ、いつしか定年と呼ばれる歳が見えて来る。

ある日、彼は移動の辞令を受け取ったのを期に、スッパリと会社を辞めた。
好きなことをやり通すために選んだ仕事と土地。
それが出来ないなら勤める意味はない。

贅沢な暮らしや酒、女には興味がない。
ささやかな生活を続けるにはほどほどの蓄えもある。

ところが大好きな自転車が自分の意志通りに動かない日が徐々に迫っていた。

「歳には勝てない」

当たり前のように口にする人もいるありふれた言葉。

しかし彼にとってこの言葉は深い溝か、決して越えることのできない壁のようなものだった。

ある日、ぷっつりと、野山をかける自転車の音が消えた。
友達もつくらない彼の存在は、社会の中ではまったく目立たないものだった。

1週間がたち、10日、1ヶ月と過ぎていく。

「大好きな自転車に乗れないくらいなら、生きてる意味はない」

いつも口にしていたその言葉通り、だれにも告げず彼はひとりでいってしまった。
その日、彼と比較的仲の良かった数人に不思議なことが起った。
10年以上無事故の1人は、何気ないいつもの練習コースでいきなり転び、別の知人は奇妙な交通事故に引き込まれ、危うく命拾いした。

どうやらほぼ同じ時間、一度に数人が危うい経験をしていた。

いつもひとりきりだった彼は、数少ない知人を誘っていたのでしょう。
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september30

すばらしい文章と内容です。
色々なことを考えさせてくれて、それにちょっぴり川越さん好みの奇譚めいた結末まであって、好きななことに命をかけた一人の男の姿がまざまざと浮かび上がってきました。
自転車が漕げなくなった時の彼の絶望は、私には類似の体験もなく想像するだけですが、歳を取ればいつかは好きなことができなくなるという宿命のようなものは、これから自分にも訪れるのだろうな、とあらためて覚悟を決めました。

もし彼に誰か愛する人がいれば、自転車を失ったあとに違ったコースが開けたのかもしれない、と無念です。

私は、といえば
「ああ、楽しかったなあ....」 と言って好きな女に抱かれて死ぬ。 それが生きる究極のゴールになっています。 



by september30 (2014-03-07 07:17) 

Eijiro_h

ごく普通に考えれば、相克する感情に折り合いを付けつつ、年齢に応じた〈自転車〉の楽しみ方へと変化してゆくものなのでしょうが…。
ふと、〈遊びをせんとや生まれけむ…〉の歌を思い出してしまいました。
自分も極端にはしる傾向があるので、何となく身につまされます。(汗)
最後の知人の災難のくだりは、見方を変えれば、危ういところを〈彼〉が救ったのかも…とも考えられますが、皆にそう思われるかどうかも、〈彼〉の心とは裏腹だったに違いない(?)日頃の言動のなせるわざなのかもしれませんね。
これまた、身につまされます…。(汗)
よく事情も知りもせず、勝手なことを想像してのコメント、たいへん失礼いたしました。
by Eijiro_h (2014-03-07 08:02) 

see6969

何かに覚悟を決めてリスクを顧みずに生きる姿と言うのは、
例え一瞬でもそう生きた人は光って見えると僕は感じます。
それが例え寂しい結末でも。。
知人の男性もそんな光と影の人生を送られたのですね。。
映画の様で素敵なストーリーと僕は受け取りました。
by see6969 (2014-03-07 09:22) 

やっ

切ないですね。

何時もテキトーに生きている自分は…、なんなのでしょうか?

私も最後はseptember30同様なのが希望です、ハイ。
by やっ (2014-03-07 10:42) 

H.O

最後にご友人を誘ったのか救ったのかは分かりませんが、好きなことをある一時でもやり尽くせた方と言うのはカッコよく感じます。真っ直ぐな方と言うのは変わり者扱いも受けますが・・・
普通は皆、色々な言い訳をしたりします。


by H.O (2014-03-07 17:38) 

川越

>september30さま、丁寧なコメントをありがとうございます。以前は写真を褒めて頂き、今回は文章を褒めて頂き、天にも昇る気分です。

歳をとったら諦めなければいけないことってありますね。今年は自分にもその時が来ているように感じます。でも私の場合はいい加減なので、レースができなくなっても自転車で走るのが好きだし、下手な写真やレンズ趣味もあるし、渓流釣りも山菜狩りもキノコ狩りも、美味しい日本酒を飲むこともありますので、まだまだ生きているうちは片手がなくなろうと、速く歩くことができなくなろうと、楽しみが残っていると思っています。でも最後はやっぱり見とられたいですねぇ。
by 川越 (2014-03-07 21:12) 

川越

>Eijiro_hさま、いつもコメントを頂きありがとうございます。全然失礼なんてことはないですし、気軽にコメントを頂けると嬉しいです。

そう、普通は状況に応じて自分なりに折り合いを付けて行くものですよね。でもこういう生き方はすごいなぁと思います。
by 川越 (2014-03-07 21:15) 

川越

>see6969さま、こんばんわ。
ほんとにそうです。こんな生き方ができる人って、すごいです。会社でも自転車でもあえて友人と呼べるような関係を作らなかったところなど、徹底していました。もちろん本心まではわかりませんが、やせ我慢にしろ、そのままだったにしろ、それを通したところもカッコイイです。
by 川越 (2014-03-07 21:19) 

川越

>やっさん
普通の人である我々は、それが当たり前なんですから、まあ人は人くらいの気持ちでいればいいんじゃないかと・・・(^^)
by 川越 (2014-03-07 21:21) 

川越

>H.Oさま
そう、自分を振り返っても言い訳ばかり。困ったもんですが、凡人はそんなもんです。平々凡々と楽しみを見つけて過ごしましょう。(^^)/
by 川越 (2014-03-07 21:22) 

川越

思いがけず、たくさんのコメントを頂き、ありがとうございました。

自ら人生の幕を閉じ、傍目には「寂しい最後」とも感じられる彼ですが、本人はこれっぽっちの悔いも寂しさもなかったと思っています。彼にとって「自転車に乗れないなら別の趣味」という選択肢ははなからなく、結末はずっと前から決まっていたように思います。

なので、彼を知る人はだれもが彼が亡くなったときには、悲しむよりは「ああ、そうだろうなぁ」と、納得しました。端から見てもそんな生き方だったんです。

もちろん彼のような生き方はできないし、私も
「ああ、楽しかったなあ....」 と言って好きな女に抱かれて死ぬ。
が理想です。
というか、ほとんどの男性の理想でしょうか?(^^)

でも最近は、「相棒を1人雪深い田舎に残していってもだいじょうぶかなぁ」と、ちょっと考えます。まっ、本人は意外とケロッとして、囲炉裏で山菜やキノコを肴に、雪見酒で飲んだくれているような気もしますが。
by 川越 (2014-03-07 21:25) 

minton

同年代なので、その気持ちがよくわかります。
50歳くらいまでは自分の終わり方のようなものは考えたりしませんでした。
知っている人が一人、また一人と仕事を終わる年になり、社長業をしていると切羽詰まったところで行きてる友人が多いせいかかなりの数の友人が自らあるいは病で先に行ってしまいました。
考えるなと言われても、いろんなことを考える年になっていますね。
by minton (2014-03-07 23:49) 

H.O

度々すみません。
僕はお話の方ほど極めておりませんがかなり好き勝手な人生の途中ですのでとても共感させて頂きました。
僕の場合は他人様に迷惑をかけていることもありますので論外です^^;;

川越さんは、絶対長生きしますって!^^v
by H.O (2014-03-08 03:13) 

川越

>mintonさま、おはようございます。
人生もそろそろ後半戦(終盤戦とはまだ思いたくないです)の我々ですが、私の回りでも同世代の友人がチラホラと他界するのに接する機会が増え、そろそろ終のときを頭に浮かべることが多くなりますね。とはいえ、まだしばらくはいろいろな楽しみがこの先にも待っていると思っているので、元気に働かなくてはなりません。遊んで暮らせればいいんですけどね〜。
by 川越 (2014-03-08 08:35) 

川越

>H.Oさま
「袖振り合うも多生の縁」なんて言葉もありますから、迷惑はともかく社会の中では他の人との関わりを断って生きて行くのは無理ですね。彼の場合は退職したこともあり、死後一月以上も経ってからの発見となりましたが、こういうのは異例でしょうね。あっ、でも最近は都会で「孤独死」なんてあるので、珍しいことでもないのかな?それはそれでちょっと考えてしまいますね。長生き保証、ありがとうございます。(^^)/
by 川越 (2014-03-08 08:41) 

tony

川越さん、こんにちは。

そこまでストイックに
やりたいことに打ち込めるのは
素敵なことですね。

何事も中途半端な私は
潔さに憧れますが最期が… 
なんとなくそうかな、と思いながら拝読しましたが
やはり残念でしたね。。。


by tony (2014-03-12 13:25) 

川越

>tonyさま、こんにちは。大忙しの毎日でしょうけど、充実した日々でしょうか。この方はもう30年も前からの知人ですが、上に書いたように本人はほんとに全然悔いはないんだと思います。それだけ真剣に楽しんでいました。私などは趣味も売るほどあるので、ちょっと真似はできないですね。
by 川越 (2014-03-12 22:26) 

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