先日、舞茸を探して別の集落の山の中を歩いていたら、こんな神様が出てきた。左にあるのは「秋葉様」と呼ばれる、主に火の神様とされるもの。石碑には「小菅神社」と書いてあるように見える。新潟県内に小菅神社は現在の上越市に1つだけあるらしいが、かつては上越の春日山城からまっすぐに伸びる街道があったらしいので、その関係もあるのかも知れない。

この山自体は今では管刈と呼ばれる集落で、現在は小菅という集落はないが、あるいは昔はこの集落がそう呼ばれていたのかも知れないが、地元の古い歴史をまとめたものにはそのような記述が見つけられないので、上越の小菅神社が関係していると考えた方がいいかも知れない。

秋葉様自体はそれこそ昔の街道沿いにはいくらでもあり、全く珍しいものではないけど、以前記事にしたようにこの辺りでは秋葉様のある広場でお祭りが行われていたり、寛永通宝のお賽銭が出てきたりする。



この神様が出てきたのはこんな感じの山の中。もちろん今は道らしきものは全くないので、本当に小さな街道だったのかも知れない。もっとも、この辺りに残る管刈古道と呼ばれる道があったことはわかっていて、一部その道も復元されていたり、ここがそうだろうと想像できる道の痕跡がわかるところもある。

ただしそれらの道も、かつての軍道と呼ばれる割には馬一頭が通るのも厳しいような狭い道が多いし、これって「裏街道じゃないの?」と思うような険しい道の場合が多い。そういえば山梨県内の武田信玄の軍道とされる道も、かなり狭かった記憶がある。

ともあれ、先日オオムラサキさんが行方不明になりかけた山でも街道の痕跡らしきものがあったし、この辺りは塩の道や三国街道へ抜ける街道など、いくつもの道が通っていたと言う話もあるので、それらの街道につながる道があちこちにあったのだろう。