もう10年も前の話しです。私には7月になるとお台場のテレビ局で夜中から朝までの仕事が毎年ありました。まだ今ほどお台場がメジャーになる前で、ビルも少ない頃からですからざっと10年以上は続けていたように思います。

テレビ局というのは外からの侵入者に対してわかりにくくしてあるらしく、東西南北がどちらを見ても同じ作りで、何度行ってもすんなりとは目的の部屋には行けないようになっていました。

それはともかく、昼間は別の仕事で起きていて、夜は夜で朝までの徹夜仕事と、体力的にも毎年夏は厳しいものがありました。そんな状況なので1人で座って作業をしているとついウトウトとしてしまうことがあるのですが、最初の年は部屋の入り口にどうもチラチラと何かが横切るものを感じました。

私は目が弱いので、疲れて来ると光源が目の動きと反対側に点滅して流れて行くのですが、そんな錯覚だと思っていました。そんなある日、うっかりウトウトしてしたときに夢を見ました。夢の舞台は仕事をしてる部屋で、周りの状況は現実と全く同じ。よくそんな夢ってあるでしょう?

入り口でチラチラ動いていたように見えたのは、やっと小学校に入ったくらいの3人の子供達でした。頭だけを部屋の中に向けてこちらを覗いています。おもしろいのはみんな浴衣なのに、頭にはターバンみたいに布をぐるぐる巻きにしているところでした。

すぐに話をするようになり、追いかけっこしたりして遊んだけど、気が付いたら子供達はうまく動けないみたいです。それに、どうやらターバンに見えたのは頭のケガのようで、気が付けばみんな裸足で、体中酷いやけどや傷だらけでした。

「どうしたの?」と聞いてもそのことについては全然答えず、親もどこにいるのか知らない、3人でいつも一緒にいるという答えでした。彼らの頭の包帯があんまり粗末なので、「いいよ」と断る1人の子供の包帯を半ば強引にほどいたら、彼の頭はもう崩れていてサラサラと溢れて、手の施しようがありませんでした。「ごめんね」と謝って、しかたなくそのまままた包帯を巻いたんだけど、その子は気にする様子もなく、また一緒に遊び始めました。

彼らとの遊びはいつも追いかけっこや、かくれんぼだったけど、迷路のようなテレビ局はそんな遊びにはピッタリの場所でした。でもみんなを見つけられずに、ひとりになってしまうと目が覚めるのですが、その夢はいつも現実なのか夢なのか曖昧なあやふやな記憶として残りました。

そんな夢が3週間のうちに1〜2度、毎年のように5〜6年も続いたある日、たまたまネットで知ったのは、お台場は東京大空襲で多くの人が流れ着いた場所ということ。当時はまだ目立たないように高速の下などにひっそりと塔婆が建ててある場所も残っていて、たぶんあの子供達もここに流れ着いたんだと、自分なりに納得しました。それを知ってからは不思議とその子達は現れなくなっていました。

ちょっと昔の夢のお話でしたが、あの子達は今どうしているのだろう。