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寒かった思い出 [アウトドア]

毎日暑すぎる日が続きますが、寒い思いをした記憶が目を覚ましたので、自分の昔の話を二つほど書いてみます。

今はもう全く山登りの真似事はやりませんが、40年ほど昔の12月、クリスマス前に北八ヶ岳・黒百合ヒュッテに宿泊し、翌朝快晴の天狗岳に登ったことがありました。無謀にもこれが初めての雪山登山。とはいえ、途中にはいくつも山小屋があるのであまり心配はなかった。

当時はクランポンもカンジキも北八くらいだと年内は使うことはなく、ヒュッテの親父も「木の根や草の根が切られるから、履かなくていいならそうしてくれ」と言ってた。私はといえば、どちらも持っておらず、この時期の北八なら大丈夫だろうと気楽な一人旅。

当時はこの時期だと人も少なく、ピタラスロープウェイから縞枯山荘前を過ぎ、雨池峠から縞枯山に上り、茶臼山を超え、大石峠に降りてから麦草峠に出て、白駒池から高見石小屋、そして中山峠から黒百合ヒュッテを目指した。

途中はもちろんロープウェイ駅を降りたのも一人、外に出たら全くトレースがなくて「こんなはずでは」と思いつつ、地図を見ながら心細く歩いていた。天気が良かったのが幸いだった。途中林の中で口笛が聞こえたので辺りを探したら、どうやら「ウソ(小鳥です)」だった。

積雪は少なく気温は低かったけど風もなく快晴で暑いくらい。ヤッケも上着も脱いで、手袋もウールキャップも外して登りました。ヒュッテまでは時間はかかったものの暗くなる前には到着して、ストーブの前で食事とお酒を少し。この日の宿泊客は私と看護婦さんがいただけ。ストーブに温まりながら、いろいろ話が弾んだが、翌日は別コースだった。

ヒュッテから天狗岳は目の前。この日も快晴で雲ひとつない。大した問題もなく山頂に到着。山頂には自分を含めて数人。コーヒーを入れようとポットからお湯を出そうと思った矢先、突然雲がモクモクと出て強い風が吹き始めたと思ったら、一気に気温が下がった。

コップに注いだお湯は注ぐそばから冷たくなり、薄氷が縁から張りだした。汗で濡れたTシャツの自分は「ヤバイ!何か着なくちゃ」と思ったが、頭がキーンと冷たくなりあっという間に体が冷えて膝を抱えて小さくなるのが先。

そばにあるザックからウインドブレーカーやシャツを出そうとしても、強張って思うように動かない体とザックのベルトが悴んだ指先では思うように外せず、頭では「早く何か着なくちゃ」と思いつつも体が動かないし、そもそも思考力も緊迫感がなくなっている。

当時のザックはワンタッチで外れるバックルなどなく、金属の板の溝にベルトを通して固定するタイプだったことも手間取った理由のひとつ。

一気に冷やされたことで頭も体も動かない。「冷えたら着ればいいじゃん」と、まさか一気にこんなふうになるとは考えたこともなかったが、標高2650mを超える冬の単独峰のような山では一風吹いたら気象変化も激しいのだ。

幸いすぐにまた日が射してことなきを得たが、冬の高山ではこんなこともあるのかと心に刻んだ。当時の山用ザックは外側にポケットもなく、アイゼンやピッケル以外はザックの中に入れるのが普通でしたが、それ以来最低限のウエアはザックの外に括るようにした。今も雨避けシートなどはザックのポケットなどに入れ、すぐに出せるようにしている。

もう一つ印象的だったのは、15年ほど前のやはり5月の連休後だったか、自転車の練習で埼玉の秩父方面の峠に走りに行った時のこと。秩父には4キロくらいの短い上りの峠がいくつもあり、自分なりに強度を調整して走れるのがいいとよく行っていた。

積乱雲が出るような快晴で大汗をかいて尾根まで上がったら、いきなりのミゾレまじりのひどい雷雨が降り出し、あっという間に息が白くなった。まさかこの時期にウインドブレーカーが必要になるとは考えず、上に着るものを何も持っていなかったし、「上ったらあとは降るだけだ」と、ここまでの100キロで補給食もなくなっていた。

大木の下で雨宿りするが、氷の粒が混ざった雨水が半袖短パンの体にへばりついて体温はどんどん下がって震えが止まらない。「ここにいたらまずい」と、坂を下ろうとするが、風を切るような行動は寒すぎてすでに無理だった。もう低体温症一歩手前の状態に差し掛かっていた。

震えながら大木の下で雨宿りするが、風が冷たく自転車を支えているのもキツくなってくる。「とにかくここにいたらダメだ、少しでも下に降りよう」と、体がいうことを聞くうちに歩きだす。

幸い100mほど休み休みなんとか降りると民家があった。恥ずかしいと言っていられる状態でもなく、何度も声をかけるが返事がないし、玄関ドアに鍵もかかっていた。軒下でわずかにみぞれは防げるが、濡れた体に冷たい風が辛い。

裏に回ると農具を入れる小屋があった。そこに冬用の長めのフィールドコートのような厚手のウエアがかけてあるのを発見。申し訳ないけど、それを着込んで風邪の当たらない奥の方で椅子に腰掛け小さくなった。「ああ、暖かい」と思えた。

いつしかその格好のままで寝ていたのか意識を失っていたのか。気がつけば雨も上がっていたが夕暮れが近かった。空腹と寒さでふるえが止まらないが、尾根で震えていた時よりはいい。10m自転車で下っては少し歩きを繰り返す。エネルギーがないので動いても体が暖まらない。

「集落まで降りればなんとかなるはず」と思ったが、そこまでが長い。やっと見つけた食堂は閉まっている。自販機もあるが季節柄冷たいものばかり。辛うじて秩父に来ると良く行くパン屋さんに飛び込む。しかしこの時間ではすでにパンは何もなかった。がっかりしていると奥様がインスタントコーヒーを出してくれた。この一杯がどれだけ体を温めてくれたことか。

「体の中に温かいものを入れると、これほど違うものか」鳥肌も収まり震えも消えた。これなら走ることができるし、ここからコンビニは遠くない。ということで、なんとか生還できたのでした。これ以来夏でもベストのレインウエアかウインドブレーカー、多めの補給食を持つようになりました。

冬の晴れ間と夏日のみぞれ。実は秩父ではこの後にも同じことを経験している。その時は友人と二人だったが、友人はやはり何も持っていなかった。もちろん私は薄手のレインウエアと補給食があったが、彼は相当寒い思いをしたはず。
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